地震のあと、自宅に残っても大丈夫?66歳の夫婦が見直した在宅避難と寝室の備え
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家族と考える、地震のあとの暮らしと寝室の備え
「お父さんたちは、地震のあと、どこで寝るの?」
娘から届いたそのひと言に、私はすぐに答えられませんでした。家が立っていれば、帰って寝ればいい。どこかで、そう考えていたからです。
私は66歳。妻と2人で暮らしています。退職してからは夕方の散歩が日課になりました。近所の学校の前もよく通ります。そこが避難所になることは知っていました。でも、体育館の中で妻と一晩を過ごすことも、電気や水道が止まった家で暮らすことも、具体的には考えていませんでした。
町内の防災訓練に参加した日から、私たちの備えは少しずつ変わりました。「家へ帰りたい」という気持ちと、「安全に帰って暮らせる」ということ。その違いを、夫婦で考えるようになったのです。
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知っている道を、荷物を背負って歩いてみた
訓練の日、私は妻と体育館へ向かいました。いつもの散歩道なのに、荷物を背負うと歩き方が変わります。途中で妻が肩ひもを持ち直しました。
「これ、夜だったらもっと大変ね」
その言葉で、私は道路の段差や古い塀に目を向けました。明るい昼に、何も持たずに歩ける道。それが地震のあとにも使えるとは限りません。私たちは、いつもの道とは別の道も確かめておくことにしました。
体育館では受付を通り、寝床の見本に腰を下ろしました。立ち上がってみると、家の椅子とは体の使い方が違います。妻はトイレの場所を見ていました。周りには子ども連れの人も、杖を使う人もいます。
ここで一晩を過ごすのか。寝起きも、トイレへ行くことも、いつもの暮らしとは変わる。「避難所」という言葉が、初めて自分たちの生活と結びつきました。
私は担当の人に、「地震が起きたら、全員ここへ来るんですか」と聞きました。そこで知ったのが、自宅で安全に生活できる場合の在宅避難という選択肢でした。避難所の場所を知るだけで、備えが終わるわけではなかったのです。
家が残っていることと、暮らせることは違う
帰宅して、私は自治体の案内を読みました。最初に考えるのは、建物と周りの安全です。倒壊、火災、津波、土砂災害などの危険がないか。自治体から避難の指示が出ていないか。「家に残りたい」という気持ちだけでは、決められません。
被害を受けた家は、見た目だけで安全と決めない。判断に不安があれば、応急危険度判定などを待つ間も安全な場所へ避難する。揺れがおさまっても、危ない家へ荷物を取りに戻らない。私は妻と、その順番を先に確かめました。
「屋根が残っていたら大丈夫、ではないんだね」
妻は静かにうなずきました。それまでの私は、家がなくなるか、家へ帰れるかの二つだけで考えていたのかもしれません。けれど、建物が残っていても、そのまま暮らせるとは限らないのです。
夫婦で考える順番
- 身の安全と、家・周囲の危険。危険がある場所からは避難し、自治体の避難情報に従う。
- 生活を続けられるか。水、食べ物、トイレ、必要な薬や体調を考える。
- 助けを頼れるか。2人だけで抱え込まず、支援や別の滞在先も考える。
自宅の安全が確認でき、生活を続けられるなら、在宅避難も選択肢になります。備蓄が足りなくなった場合の支援先も含めて、普段から地域の案内を知っておくことが大切です。参考:葛飾区「在宅避難ガイド」
水と食べ物、そして後回しだったトイレ
週末、私は台所で水の置き場所を見直しました。買っておいた箱を押し入れの奥から出し、残りを確かめます。妻は、いつも食べている食品を並べました。
特別な物だけを集めるよりも、普段から食べ、買い足していける物の方が、私たちには分かりやすい。私は買った日と残りを紙に書きました。そろえたつもりでも、取り出して使うところまでは考えていなかったのです。
いちばん手が止まったのは、トイレでした。風呂の水があれば流せる。私はそう思っていました。でも、地震で排水管が傷んでいたら、水を流すことで汚水が逆流したり、漏れたりする場合があります。使えるか分からないまま、むやみに流してはいけないのです。参考:東京都「下水道の使用方法」
私は携帯トイレの袋を開け、説明を読みました。妻と置く場所を決め、使ったあとの扱いも確かめました。処分の仕方は自治体の案内を見ておきます。
買ってあることと、使えることは違う。手を動かしてみて、ようやく分かりました。水や食べ物だけでなく、トイレや必要な薬も含めて、家で一日を過ごす姿を考える。それが、私たちの備え直しでした。
避難先も荷物も、夫婦の暮らしに合わせる
私たちは、地震のあとに行く場所を一つに決めつけないようにしました。安全な自宅で過ごす。避難所へ行く。被害のなかった親戚の家を頼る。そのときの状況に合わせて、選び直せるようにするためです。
娘にも、考えたことを伝えました。「うちへ来るなら、先に連絡してね」と返事が来ます。娘の家も無事とは限りません。行けば必ず泊めてもらえると決めずに、今のうちに相談しておく。離れて暮らす家族と、同じ前提を持つことも備えなのだと思いました。
持ち出す荷物も背負い直しました。水を詰めすぎた袋は、思っていたより重い。妻は、自分に必要な物を自分の袋へ入れました。どちらか一人が、2人分を全部運べるとは限りません。
薬の情報、連絡先、眼鏡。自分たちにとって、なくなると困る物から順番に確かめます。訓練で歩いたときの肩の重さを思い出しながら、何を持つか、どう運ぶかを考えました。
持って逃げる準備と、安全な家で過ごす準備。どちらも、夫婦の体力や毎日の暮らしに合っていてこそ、使える備えになります。
避難先の寝床より前に、今夜の寝室を考える
その夜、寝室へ入った私は足を止めました。避難先の寝床は見てきたのに、今晩眠る自分の場所は後回しになっていたからです。
地震のあと、どこへ行くか。その前に、揺れが来るそのとき、ここで身を守れるだろうか。
妻と寝床の周りを見直しました。近くの家具、出入りする道。毎日見慣れた部屋だからこそ、備えについて考えずに過ごしていたところがありました。
そして、寝室に迎える備えとして知ったのが、耐震シェルターベッド「鉄の間(TETUNOMA)」でした。身を守るための家具でありながら、普段はいつもの寝床として使える。その姿が、私たちの暮らしと結びつきました。
暮らしに迎える耐震シェルターベッド「鉄の間」
TETUNOMAは、強固な鉄の構造で寝床の空間を守ることを目指した耐震シェルターベッドです。部屋に置く家具として、日常の景色になじむ形に仕上げています。
耐荷重試験では、専用の大型油圧試験機で上から荷重をかけ、最大131.7トンを記録しました。強度と構造を追求し、寝ている場所にも命を守るための備えを持てるようにした製品です。
静岡県内の制度対象市町や三重県伊勢市では、補助対象製品として認められています。制度の利用には、住宅や申請などの条件があります。
解体して移設できるため、寝室や住まいを変えたあとも備えを持っていけます。これからの暮らしにもつながる選択肢として、妻と一緒に部屋に置いた姿を考えました。
寝室を見ながら、妻が言いました。
「家に残るかどうかは、そのときの安全で決めようね」
寝室の備えと、地震のあとの避難判断は、それぞれ考えます。備えを置いても、傷んだ家に残る理由にはしない。火災や津波などの危険があれば、安全な場所へ避難する。自分たちを守る選択肢を増やすために備える。私たちは、その考えを共有しました。
今夜、家族と「どこで過ごすか」を話す
次の散歩で、私はまた学校の前を通りました。以前は、「あそこへ行けばいい」としか思っていませんでした。今は、考える順番があります。
家と周りは安全か。生活を続けられるか。助けが必要か。別の場所へ移るべきか。その問いを妻と共有できただけでも、訓練へ行く前とは違います。
娘の「どこで寝るの?」という質問には、ひとつの場所の名前だけで答える必要はなかったのだと思います。そのときの安全を確かめて、私たちに合う場所を選ぶ。そのために、今日できる準備をしておく。
そして、避難先を考えるのと一緒に、今夜眠る寝室にも目を向ける。
地震のあと、どこで過ごすか。揺れが来るとき、どこで身を守るか。今夜、家族と二つの話をしてみませんか。
TETUNOMAのある暮らしを見る
好きな寝具を整える。寝る前に本を読む。家族と話す。そんな普段の時間を過ごす寝床に、もしもの備えを迎える。お部屋に置いた写真や使い方を見ながら、ご自宅での暮らしを思い描いてみてください。
記事の内容について
登場人物、会話、出来事はフィクションであり、実際に被災した方や購入者の体験談ではありません。物語に登場する年齢や生活の描写は、現実の暮らしにできる限り近づけて構成しています。写真は製品の使用イメージです。耐荷重131.7トンなどの製品情報は実際の公表内容に基づいており、物語上の創作値ではありません。